歴史インチキ言語学、またはある言語をほかの言語のように見せるにはどうすればよいか、またはお気楽人工言語作成ハウツー(私訳)

この記事は語学・言語学・言語創作 Advent Calendar 2021の10日目です。

こんにちは、戸部之次です。多言語学習見習い中です。こんなもんを書きました。
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いっちょ噛みしたかったので最近読んだ人工言語作成に関する古い記事を訳して載せます(レギュレーション違反)

https://web.archive.org/web/20091110122336/http://www.cix.co.uk/~morven/lang/bogo.html

歴史インチキ言語学、またはある言語をほかの言語のように見せるにはどうすればよいか、またはお気楽人工言語作成ハウツー

序論

"歴史インチキ言語学(Historical Bogo-Linguistics, HBL)"とは?
HBLとはある言語(ソース)に別の言語(ターゲット)に似た音韻を与えるという人工言語作成の方法に筆者(Geoff Eddy氏)がつけた名前である。"インチキ(Bogo)"という語には面白いが歴史的にはインチキであるという意味が込められている。HBLによって作成された言語の総称として"Bogolang"という単語が提案されており筆者はその語の正式採用を支持する。

目的

人工言語作成の魅力を説明することは、ジャズを説明するのに似ている。(確か)デューク・エリントンが言ったように、「尋ねているうちはわからない」(訳注:ルイ・アームストロング)。しかし人工言語作成の魅力を理解しているとみなしてこの方法の利点を説明する。
HBLの主な利点は、言語を作成する上で最も疲れる作業の一つである、作業用の語彙を生成する義務から作者を解放することである。ソース言語が既に十分な語彙を持っていることを前提にするなら、ゴート語のようなものよりもラテン語の方が良い選択だろう(ただし、よいゲルマン祖語の資料にアクセスできれば、ゴート語から実用的なbogolangを作ることができる)。HBLは、特定の風味を持つ人工言語を素早く詳細に作成する必要があり、かつ独自の語彙を持つことがあまり重要ではない場合に検討する価値がある。
HBLの他の利点としては、何となく見聞きしたことがある気分になるがすぐには意味がすぐには分からないような言葉を作ることができることである。つまりまだ人工言語作者になりたての人が、言語の変化や人工言語の作り方について学ぶのに良い方法である。そして、ある種の環境では、別の代替歴史タイムラインにインスピレーションを与えることができることである。

先行例

HBLの始まりでかつ最高の例はBrithenigで、これはウェールズ語のようになったラテン語である。また、非常にもっともらしい代替歴史タイムラインでもある。同じ創作世界には、Kernu(コーンウォール語風のラテン語)があるが、これについてはWeb上でBrithenig程の存在感はない。筆者自身の Breathanach は Brithenig に触発されてラテン語ゲール語のように発展させたものである。また、少なくとも3つのスラヴ風のラテン語がある。Wenedyk、Wenedykに近い言語であるSlezan、そしてまだ詳しく作られていないSlvanjecだ。

どのような言語でHBLは一番うまくいく?

理論的には、十分に知られているどの2言語の組でも、説得力のある音の変化を考え出すことができれば大丈夫である。BrithenigとBreathanachは、ラテン語の音韻からケルト語の音韻への変換が比較的簡単だったことが助けになった。対照的に、アラビア語から古英語への変換は非常に興味深いが、かなり難しいであろう。
Bogolangの大半はロマンス語、つまりラテン語をソース言語としている。これはラテン語とその後裔であるロマンス語への発展について多くのことが知られているからだ。Langmakerのロマンス語のページには50以上のロマンス語へのリンクがある。

方法

具体例として「中世初期に東ヨーロッパのどこかで話されていたであろうスラブ語風のロマンス語」を開発する手順を説明する。ここでスラブ語を選んだのは、筆者がすでにスラブ語に似たRachovianを作ったことでその音韻についてよく知っているからだけでなく、その音韻の発達が興味深くかつよく記録されているからである。Wenedykと結果を比較することは有益だろう、というのも変換プロセスに異なるアプローチをとっているからだ。

HBLのプロセスには4つのステップがある。
1. ソース言語の音韻をターゲット言語の音韻に似たものに変換するための一連の音変化を選択する。この段階では、一番の努力が必要となる。
2. ソース言語の文法と語彙を1.で選択した音変化で処理する。ここでは、筆者のSound Change ApplierやMark Rosenfelderの "sounds "ユーティリティーのようなプログラムが役に立つ。
3. 音変化を微調整して、自分の~~偏見~~好みと、実際の歴史上の変化の組み合わせに沿った結果を得る。
4. 結果に満足するまで1.から3.を繰り返す。

ここで開発された言語は、プロセスを説明するためのものであり、完成品ではない。そのため、多くの粗い部分が残り、多くの手抜きがある。

著作権表示

この言語はパブリックドメインである。


具体例

今回は印欧祖語(PIE)から共通スラブ語(CS)への音変化を使ってラテン語からサンプル言語を作る。この"歴史法"では当然ながらターゲット言語の歴史に関する知識が必要だが、多かれ少なかれ正しい内部音韻パターンを持つものを作ることができる。
もう一つの方法としては音韻史を無視して、ターゲット言語の話者によるソース言語の転写に用いられる音変化を利用するやり方がある。この"適応法"はWenedykで用いられた方法で、ターゲット言語により近づけられるという利点がある。

材料

歴史の実情という観点からは、俗ラテン語(VL)から始めた方が良いだろう、というのもVLは実際に人々がしゃべっていた言語であり、古典ラテン語(CL)はそうとは言えないからだ。主な違いとして、VLでは音素として母音長短が失われたのに対し、CLでは維持されたことがある。残念ながら、Brithenigでは問題にならなかったのだが、スラブ語の歴史では母音の長さが重要なので、ここではCLから始める必要がある。ちなみにBreathanachでも同じ問題が発生した。

CLの音素は以下のように要約できる。5つの短母音/i e a o u/と5つの長母音/i: e: a: o: u:/、それに3つの二重母音/ai au oi/(このうち/oi/は非常にまれである)と13個の子音/p b t d k g f s h m n l r/である。ここに母音/i u/が母音に先行する際の異音を半母音/j w/として加えることもある。

CSの音素はもう少し複雑である。母音は短母音/i e o u/と長母音/i: e: a: u: y:/(/y:/は[ɨ:]または[ɯ:])、それに長短それぞれの鼻母音/ã ẽ ã: ẽ:/がある。子音は30近くあり、その多くは口蓋化の結果として生まれた。

歯茎 硬口蓋 歯茎硬口蓋 軟口蓋
無声破裂/破擦 p t ts k
有声破裂/破擦 b d g
無声摩擦 s ʃ x
有声摩擦 v z ʒ
m n
側面 l
はじき r
半母音 j


CLと違いCSには/f/がないことに注意してほしい。しかしこれは問題ではない、というのもこのサンプル言語で/f/が欠けていなければならない理由はどこにもないからだ。

後舌母音の合流

CSでは、ゲルマン語派と同じく、/o o:/が/a a:/に合流して5母音系から4母音系になった。サンプル言語でも同じ変化を導入する。結果として Lat. bonusとLat. malusは主母音が同じになり(bàn, màl)、Lat. amōとLat. amāsは区別できなくなる(oma)。この変化によってラテン語に稀に見られる/oi/はよりありふれた/ai/に合流する。

Wenedykでは違う方法をとったため/a/と/o/の区別が保存されていることに注意してほしい。

重子音の縮約

PIEと違い、CLには多くの重子音がある。ここでは史実から離れて重子音を短い子音に縮めて、代償的に前の母音を延長することにする。
Lat. missum > mísa, Lat. ille > jíle
(この方法はVLに母音の長さを再導入するのに使えるかもしれない)

またロマンス語では母音間の/s/が有声化し[z]となる変化が起こった。これは有用かもしれないが今回は無視する。

RUKIの法則

CSでは、/r u k i/の後にありかつ破裂音が後続しない/s/は/x/に変化する。この/x/は今回ラテン語/ks/と混同しないようにと表すことにする。
Lat. fūsus > fýh、Lat. ursa > *urha > rho([r.ho]、つまりこのrは成音節性。)

ラテン語の/h/はロマンス語では失われる。しかし今回のサンプル言語では/x/と合流させることにする。
Lat. hortus > hràt /xra:t/

サテム

CSでは、サンスクリットと同じように、PIE/k g/が/s z/に歯擦化し、一方/kʷ gʷ/が/k g/になった(訳注:雑すぎる……en.wikipediaのCentum and satem languagesでも読んでてください)。今回のサンプル言語でこの変化が起きるかどうかは不確かである。というのもラテン語では/gʷ/は/n/の後にしか立たないとても珍しい音なので/gʷ/ > /g/は起きたとしてもとても限られた語にしか見られない。一方で/kʷ/は/gʷ/と比べると出現頻度が高く、この種の音変化が起きないとするとエスペラントで見られる/kv/という禍々しい子音クラスタがよく見られることになる。そこで今回は/kʷ/ > /k/というフランス語で見られるような変化のみを導入し、他は無視することにする。

第一次口蓋化

これはCSで最も特徴的な音の変化の1つだが、他の多くの言語でも同様のことが起こった。/k g x/は前舌母音の前で/tʃ dʒ ʃ/になり、/dʒ/は後に/ʒ/に簡略化された。 これは今回のサンプル言語で使用するのに十分興味深いものである。
Lat. genesta > ženesto, Lat. centum > čętą

特定の子音クラスタの単純化

ロマンス語でもCSでも起こった/gn/ > /nʲ/を採用する。
Lat. ignis > jìń
/kt/ > /stʲ/を採用する。
Lat. octō > oste

ヨッド後の前舌化

CSの音変化のうち「音節内音韻調和」という現象によって/j/に続く後舌母音/a a: u u:/は前舌化し/e e: i i:/となる
Lat. alium > olę, Lat. filiā > fíle(cf. Lat. ovum > ovą, Lat. portā > prota)
今回のサンプル言語では/jai jau/から規則的に二重母音/ei eu/を作ることにするが、ラテン語に/jau/があったかは疑わしい。

CSでは音節内音韻調和によって/j/に続く/e:/は/a:/となっていたが、今回は無視する。

ヨッド化

/Cj/という組み合わせはCLやPIEでよく見られた。第一次口蓋化に続いて今回のサンプル言語では、/j/が後続する子音に以下のような変化を導入する。
/k g x/ > /tʃ ʒ ʃ/ これは第一次口蓋化と同じ変化である
Lat. fāgea > fáže
/s/ > /ʃ/
Lat. cāseus > káš
/t d n l r/ > /tʲ dʲ nʲ lʲ rʲ/
Lat. medius > méď
/p b f m/ > /pl bl fl ml/
Lat. habeō > hoble

/j/は独立した音素としては母音間にしか立たなくなる。/e i/の前では硬口蓋音は歯音の異音となる、例えば/sʲ zʲ/は/s z/の異音として扱われる。そしては/tʲi tʲe/を表し/ti te/としては扱われない。

二重母音の縮約

この段階ではCSには4つの二重母音/ei ai eu au/があるが、これが/i: e: ju: u:/に単純化される。これらの長母音は下降調で発音され、上昇調で発音される従来の二重母音とは区別される。この変化を今回のサンプル言語に取り入れ、声調はアクセント記号で区別する。
Lat. laeta > lêto, Lat. taurus > tûr

長後舌狭母音の非円唇化

/au/ > /u:/に押されて/u:/ > /ɯ:/が起きる。
Lat. dūrus > dýr

開音節化

CSの注目すべき特徴として開音節が多いことがあげられるが、これは音節末子音の削除の結果であった。
鼻音は先行する母音を鼻母音にして消えた。前舌母音なら/ẽ/、後舌母音なら/ã/になる。
Lat. cantāre > kątare, Lat. pensum > pęsą
音節末の流音はCSで様々な変化を見せたが、今回採用するにはあまりにも複雑なため単に母音と流音の音位転換のみを起こすことにする。
Lat. partem > protę, Lat. alnī > loni
(よりロシア語らしくするなら「充音現象」 полногласиеによってporotę、oloniとするとよい。)
ラテン語にある音節末摩擦音は/s/のみである。今回は後続する音節頭に付けることにする。
Lat. genesta > ženesto
残るは破裂音だが、これは単純に削除することにする。
Lat septem > setę, Lat. rexī > reši

子音添加

開音節化に伴い語頭の母音に半母音が添加されるようになった。CSでは前舌母音と/a:/に/j/が、/u y/に/w/が添加される。
Lat. audīre > ûdíre > wûdíre > vûdíre(w > v/_V), Lat. estis > eśtь > jèśť

第二次口蓋化、第三次口蓋化

CSでは、/k g x/ > /ts dz ʃまたはsʲ/という変化が/ai/に由来する/e:/の前(第二次口蓋化)と/i/の後(第三次口蓋化)で起こった。今回は/ʃ/を選ぶ。また第一次口蓋化との兼ね合いで/g/ > /z/とする。
今回は第三次口蓋化をすべての前舌母音の後で起こす。
Lat. cadēre > cêděre, Lat. tegō > teza, Lat. traheō > troše

短母音の音価変化

これはCSの母音組織の変化の中でもっとも複雑な段階である。この段階ではサンプル言語の母音は長母音/i: e: a: u: y:/、短母音/i e a u/と鼻母音/ẽ ã/からなる。短母音はCSと同じように対応する長母音より中央中舌寄りに発音されるため、/e a/は[e o]になる(/e:/については逆に広い[æ:]になる)。
/i u/はCSと同じくシュワーめいたイェルと呼ばれる母音/ь ъ/となった。イェルは基本消滅したが、前の母音を長母音にしてneoacuteと呼ばれる上昇調の声調を残した。
Lat. piscis > piščis > pьščь > pìšč, Lat. alius > aľis > oľь >òľ

結果

ここまででCSの音韻体系に/f/を加えたものを再現できた。単純のため、第一音節以外では声調の違いを省き、語末の長母音は短母音とする。

2以降(面倒なので省略)

めんどくせーので略

例文

poti dyčere jèc od oko, se si poti le fočere spe sva droha, hobi ýno kûho bono.
("you can lead a horse to water, but if you can make him float on his back, you've got something".)